大判例

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札幌高等裁判所 昭和32年(う)133号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

押収してある金側一二型腕時計一箇(原審昭和三二年領第一号の三、但し黒色バンドの部分を除く)および腕時計用バンド(同上の四)は被害者本間富治の相続人に還付する。

原審ならびに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検事正代理次席検事高田正美作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人村部芳太郎提出の答弁書記載のとおりであるからここにこれを引用する。

右控訴趣意第一の点(法令適用の誤)について。

原判決が本件公訴事実中「被告人は昭和三一年一一月三〇日午前一時三〇分頃札幌市北三条西四丁目札幌合同庁舎工事現場地階の三機工業株式会社資材置場において同会社夜警番本間富治(当時五七年)の看守する銅板を窃取せんとしたが同人に発見されその逮捕を免れるためその場にあつた鉄管にて同人の後頭部を二回強打して昏倒させ更にハンマーにてその頭部を滅多打にして脳損傷及び脳圧迫に因り即死させた上右銅板及び同人所有の金側腕時計一箇を強奪したものである」との一罪として起訴された強盗殺人の事実につき、これを原判示罪となるべき事実第五として右銅板の強盗殺人の事実と、第六として「さらに、その頃その場で、右本間富治の左腕首から同人がなお占有する金側腕時計一箇を窃取し」た窃盗の事実に認定したうえ、右両者は併合罪の関係にあるものとして、それぞれの法条を適用処断していることは本件起訴状や原判文に徴し所論のとおりである。

そこで、按ずるに、原判決挙示中原判示第五および第六事実の関係証拠(ことに被告人の検察官に対する昭和三一年一二月一四日付司法警察員に対する同年同月一日および同月一一日付各供述調書)を綜合すると、被告人は、原判示のような経緯から、昭和三一年一一月三〇日午前一時三〇分頃銅板窃取の目的で原判示工事現場詰所に至つたが、入口のガラス越に中を見ると夜警番の本件被害者本間富治が折よく仮睡していたので、そのまま、静かに侵入し、同所材料棚の上から、右本間が管理する銅板を窃取しようとしてこれに巻きつけてあつた縄を持ちあげた途端、銅板が縄からすり抜けて床の上に落ち大きな音をたてるに至り、この物音に眼を覚ました本間が起き上つて被告人の方へ歩いて来るや、被告人も狼狽して逃げる術もなく、また他に人がいるかとも懸念しここに突蹉に逮捕を免れようと決意し、本間が後向になつたところを後方からその場にあつた鉄管で同人の後頭部を二回強打してその場に昏倒させたうえ、その蘇生の気配にさらにその場にあつたハンマーで同人の頭部を滅多打し、よつて同人を脳撲傷および脳圧迫により即死させたものの、事の意外に一時間余も呆然としてその場の椅子に腰を下しているうち、次第に気も静まり、机の下に見えてきた本間の足をさらに押し込もうとしたところ、同人の左腕に金側の腕時計があるのが目につくや、これをはずして一旦机の上に置き、死体に青写真や叺やオーバーホールを蔽つて匿した後、床上に広がつていた銅板をまるめて足で押し潰し、また棚の上に残つていた銅板の切屑を下ろして一緒にまとめ、これ等銅板を携帯するとともに、さきにはずして机の上に置いた腕時計をも自己のズボンのポケツトに入れてその場から持ち去つたことが優に認められるのである。右の事実によれば、被告人が本間の所携していた腕時計を奪取したのは、その当初から窃取の意思のあつた右銅板につき窃盗の著手をなし未だこれを遂げないうちに本間に発見されてその逮捕を免れるため同人を殺害したうえ、右銅板奪取に出たと同一機会、同一場所において行われたものであつて、右殺人行為と財物奪取との間に一時間余の時間的経過があり、時計については当初奪取の目的がなかつたからといつても、右銅板が奪取された以上、時計もまた右銅板奪取の意思に包含されその全行為を合して単一の強取行為と認むべきで、時計についてだけ新たな犯意による窃取行為と認むべきではない。答弁書中これと異る所論はにわかに採用し難い。してみると、本件強盗殺人の公訴事実につき、銅板については強取の犯意を認めたから、時計については単に窃取の犯意しかなかつたものと認め、右銅板の奪取を強盗殺人罪とし、時計の奪取を窃盗罪とし、両者は併合罪の関係にあるものとしてそれぞれの法条を適用処断した原判決は、事実の構成要件的評価を誤り、ひいて判決に影響をおよぼすことが明らかな法令適用の誤をしたものというべきである。そして原判決は、右強盗殺人罪につき無期懲役刑を選択し、これと右窃盗罪のほか原判示その余の罪とは併合罪の関係にありとして、他の刑を科さず右強盗殺人罪につき無期懲役に処しているのであるから、全然破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつてその余の控訴趣意(量刑不当)に対する判断は省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更につぎのとおり判決する。

当裁判所の認定した事実ならびにその証拠の標目は、原判決掲記の罪となるべき事実第五中末尾の「右銅板(巾一米長さ二米のもの一枚および切屑四枚、時価合計六、九五〇円相当)」のつぎに「および右本間富治の左腕首から同人がなお占有する金側一二型腕時計一箇(同領号の三および四)」を加え、その第六を削除し、なお、原判決掲記の証拠の標目中「判示第五および第六の各事実につき」とあるのを「判示第五の事実につき」と改めるほか原判決摘示と同じであるから、いずれもこれを引用する。

(法令の適用)

被告人の原判示第一ないし第四の窃盗の各所為は刑法第二三五条に、第五の強盗殺人の所為は同法第二四〇条後段に該当するので、後者の罪の刑の選択にさきだち、情状について検討を加えるに、本件記録ならびに原裁判所で取調べた証拠によれば、被告人はこれまで一定の職に精励せず、親にも背いて家を離れ、とかく自棄的な生活をくりかえし、旅館等を転々泊り歩き、金銭に窮すると、工事場等から鉄筋屑等を窃み出すようになつていたところ、本件においても、原判示工事現場にある銅板を窃取するつもりで、事を安易に考え、仮睡中とはいえ夜警番の本件被害者のいる室に侵入したもので、その動機たるや何等同情すべきものはなく、その発見されたとみるや突嗟の間に同人を鉄管で強打して昏倒せしめただけにとどめず、無抵抗に乗じて更にハンマーでその頭部を滅多打にして深夜何人の救援もないうちに、罪もない老令のものの一命を瞬時にして失わしめたことは、その殺害方法たるやまことに残虐無慈悲を極め、これによる遺族の苦痛は当審証人本間聖子の証言に徴してもいまなお医し得ないことが認められる。ここにこの種犯罪の社会的影響を考慮すると、被告人の責任は重かつ大といわねばならない。しかし、本件殺害行為は、もともと被告人が当初から計画的に意図していたものではなく、まつたく偶然の事情から予期しないうちに行われたものであり、さればこそ被告人は結果の意外に犯行後一時間余も呆然自失のまま現場にたたずんでいたと認められ、この間自責の念がなかつたとはいえず犯行後不十分ながら死体の隠匿を試みたり、その強取の財物を処分したりはしたが、結局は自己が犯人であることを司法警察員の職務質問に対し進んで申告しており、その後の態度にも前非を悔い、現在においてはキリスト教の教講を受け、およばないながらも只管被害者の冥福を祈つていること、さらにまた、被告人が前記家庭を離れるようになつたのも中学三年で中途退学した後米軍軍政部等でバーテン等として働いているうち少年の素朴性から環境に負けて飲酒を覚え、ついに悪の道から脱却しない状態に立ち至つたものの、暫くは愛情を得て家庭を築いていたこともうかがえるので、その機会さえあれば必ずしも社会の一員として更生し難いものとはいえないことその他諸般の事情を勘案すると被告人にはなお一縷の情状酌量の余地がないわけでもなく、その更正もまつたく期待しえられないわけでもないと認められるので、社会の一員として生存する価値なきものとして抹殺するのは相当でないと認める。そこで、前記強盗殺人罪の所定刑中無期懲役刑を選択し、これと前記各窃盗罪とは刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四六条第二項本文により他の刑を科さず右強盗殺人罪につき被告人を無期懲役に処し、原審押収物件中主文第三項掲記の物件は、被告人が前記強盗殺人の犯行によつて得た賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法第三四七条第一項に従いこれを被害者本間富治の相続人に還付することとし、原審および当審における訴訟費用につき同法第一八一条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 中村義生)

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